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医師法と薬剤師法にある医薬分業の法的根拠 – 保険調剤と医薬分業1

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医師法と薬剤師法にある医薬分業の法的根拠

医薬分業の直接的な法的根拠は、「処方せん交付の原則」を定めた医師法第22条および歯科医師法第22条と、薬剤師による調剤業務の原則的独占を定めた薬剤師法第19条である。
医師法第22条では、患者への投薬は原則として「処方せん」によるとしている。しかし、同条の「ただし書き」に該当する場合は、医師による例外的投薬を認めている。
薬剤師法第19条では、薬剤師以外の者の調剤を原則的に禁止している。しかし、同条の「ただし書き」に該当する場合は、医師等による例外的調剤を認めている。
 

昭和49年が日本における医薬分業元年

ヨーロッパによける医薬分業の歴史は古く、いまから約770年前の1240年、神聖ローマ帝国(現在のドイツ)のフリードリッヒ?世が5箇条の法令を発布したことによる。医師が薬室を持つことを禁じたこの法令が医薬分業の起源とされ、医薬品の有効性と安全性を確保するために有効なシステムとして創出されたものである。
一方、日本において、医薬分業制度は、1874(明治7)年の医制の発布により制度化された。1889(明治22)年の薬律の制定により、薬剤師の誕生と医薬分業体制の法制化が行われた。第二次世界大戦後、連合軍総司令部(GHQ)のサムス准将が「医師が薬を売り、薬剤師が雑貨を売っている」と日本の医療を批判したことなどを受け、1955(昭和30)年8月にいわゆる医薬分業法(医師法、歯科医師法および薬剤師法の改正)が公布され、現行法としての基盤が確立されている。しかし、医師法第22条の例外規定、薬局の受け入れ体制の不備、国民の長い慣習などから、薬剤師の調剤権が無視され、院内投薬が主体となっていた。
 

医薬分業の進展

1974(昭和49)年10月の診療報酬改定において、処方せん料が一挙に10倍(50点)に引き上げられたことを契機として、医薬分業が進展した(第1次医薬分業元年)。その後、1985(昭和60)年には厚生省(当時)が、医薬分業推進モデル事業を3年計画で実施、さらに医薬分業基盤整備事業、医薬分業定着促進事業と医薬分業推進施策が充実されてきた。その一方、医療保険における、薬価基準の相次ぐ引き下げ、病院の薬剤管理指導料の評価等もあり、医療機関の院外処方せんに拍車がかかり、全国的に医薬分業が大きく進展している。
1974(昭和49)年には約700万枚であって院外処方せん枚数は、1984(昭和59)年度には1億枚を、1993(平成5)年度には2億枚を、1997(平成9)年度には3億枚を、2000(平成12)年度に5億枚を超え、2007(平成19)年度には6億8,375万枚、医薬分業率(薬局の処方せん受取率)も57.2%となっている。

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